1.4

原文

vṛtti-sārūpyam itaratra

和訳

こころの波が静まっていないとき、本来こころの動きを見る側の立場である真我(プルシャ)は、こころの動きと同一化してしまう。

解釈

絶えずこころの波が荒れている状態では、感情や思考といったこころの動きそのものが、自分自身であるかのように思いがちです。

感情や思考は、目に見えないながらも、常に直接経験されているものです。

ですから、

「自分の中でいま起きているこの感覚や考えこそが、自分そのものだ」

という理解が、ごく自然に成立してしまうのです。