原文
tat paraṁ puruṣa-khyāteḥ guṇa-vaitṛṣṇyam
和訳
ヴァイラーギャ(離欲)の究極の段階とは、真我(プルシャ)を認識することによって、グナ(サットヴァ・ラジャス・タマス)への欲求がすっかり静まった状態をいう。
解釈
グナとは、自然界(プラクリティ)を構成する三つの性質のことです。
現代では自然界というと、いわゆる物質世界そのものを指しますが、ここでいうプラクリティとは、物質だけではなく、心・知性・自我も含めたものを指します。
グナはさらにサットヴァ・ラジャス・タマスに分けられ、それぞれ純質・激質・鈍質と説明されますが、いまは、自然界を成り立たせているそれぞれ異なる要素とだけとらえておいてください。
さて、なぜ真我(プルシャ)を認識することで、グナ(自然界=プラクリティの構成要素)への執着が無くなるのか。
プルシャとプラクリティの関係については、第2章で詳しく述べられますが、ここでは前提知識としてかんたんに書くと、プルシャ(純粋意識)はただ、プラクリティ(世界を構成するあらゆるもの)を観察するだけの存在です。
観察するだけの存在であり、自ら変化したり、働きかけたりするものではありません。
ですから、プルシャを認識することで、プラクリティはただの観察対象とだけになり、いっさいの執着が無くなるのです。
それは、こころが澄んでいる状態(サットヴァ)であっても例外ではありません。
サットヴァとは、こころの波がおさまり、穏やかに保たれている状態をいいます。
そのため、多くのヨガ実践者にとっては理想的に感じられる状態です。
ですが、こころがどのような状態であれ、それがプラクリティに属するものであるかぎり、最終的には、それすらも手放されます。