原文
vṛtti-sārūpyam itaratra
和訳
こころの波が静まっていないとき、本来こころの動きを見る側の立場である真我(プルシャ)は、こころの動きと同一化してしまう。
解釈
絶えずこころの波が荒れている状態では、感情や思考といったこころの動きそのものが、自分自身であるかのように思いがちです。
感情や思考は、目に見えないながらも、常に直接経験されているものです。
ですから、
「自分の中でいま起きているこの感覚や考えこそが、自分そのものだ」
という理解が、ごく自然に成立してしまうのです。